IP−VPNは特に深い歴史を持っていますから、その過程を整理してみるとわかってくることがたくさんあります。
1980年代半ば、高速デジタル専用サービスと呼ばれるサービスが始まりました。
これが日本国内でのデータ通信の最初の実用化だろうと考えられています。
このサービスは、2つの拠点を専用のケーブルで接続しただけのものでした。
この方法ですと、他の通信システムとは完全に隔絶しています。
言い換えれば、外部から侵入する経路がまったくないのですから、情報漏洩などの安全性の面ではほぼ間違いありません。
しかしこの仕組みでは拠点がたくさんある場合に導入するのには向いていませんし、コストも安価ではありませんでした。
そのため、専用回線を、高額の費用の捻出までして敷設しなくても済む代替案の登場が求められるようになり、その結果、サービス通信事業者が持っている高速回線網を利用することはできないだろうか、という発案がされたのがきっかけとなったのでしょう。
1990年代半ばに、サービスプロバイダのネットワークを多数の企業が共用するフレームリレー網と呼ばれた方法が導入されました。
これは、専用回線を敷設していたときほどのコストはかからず、それに多くの拠点間を接続することができたのが強みでした。
ただ、このフレームリレーでも、数多くの拠点がある場合には必ずしも効果的にはなりませんでした。
接続する前に、結局拠点間に仮想回線(Virtual Circuitと呼ばれていました)を敷設しないといけなかったのですが、拠点の数が増えるとその分コストがどんどんかさんでいくことになりました。
そこで、次第にセンターと重要拠点だけを接続する形式での利用が増えていきました。